カテゴリー別アーカイブ: 沖縄羅針盤

情報通信総合研究所 代表取締役社長 大平 弘さん

情報通信総合研究所は東京にあるNTTグループのシンクタンクです。
大平さんは1959年生まれ、福島県いわき市の出身、1983年に電電公社に入社。その後、2005年に情報通信総合研究所に法制度研究部長として着任、主に情報と法律、規制に関する調査研究に従事。その後NTTに戻り、2017年にふたたび情報通信総合研究所に社長として着任。特に沖縄への思い入れは深く、沖縄での事業には多くのスタッフを派遣するとともに、自らも陣頭指揮を執っています。今回は那覇市で開催されたICTソリューションフェア参加のため来沖したところコーラルラウンジに寄って頂きました。
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株式会社徳慶 代表取締役 小渡勝也さん

小渡さんは1957年生まれ、沖縄市出身。
㈱徳慶は、現在、焼肉五苑7店舗、焼肉夢丸3店舗とTギャラリアにあるレストラン&バーパインツリーブレスの合計11店舗県内で展開しています。焼肉店で時間無制限食べ放題を、最初に実施したことでも話題になりました。
小渡社長のモットーは、ぐすーじさびら(お祝いしましょう)、「ぐすーじさびら」には小渡さんのサービス業としての強い想いが込められています。
今年4月には那覇市のフリーWi−Fiの命名権を徳慶が取得したと発表がありました。
那覇Wi−Fi接続時に表示されるネットワーク名には「GUSUWJISABIRA(ぐすーじさびら)」が表記されるようになっています。
小渡さんは『ぐすーじさびら』という言葉を全国そして世界に広めたいと言います。
小渡さんの『ぐすーじさびら』への想いをじっくり伺いました。
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琉球銀行頭取の川上康さん

川上さんは1961年生まれ、那覇市の出身。
東北大学経済学部を卒業後、1985年に琉球銀行入行、
コザ支店長や営業統括部長、常務取締役を経て2017年に頭取に就任します。
銀行を取り巻く経済環境が大きく変化していく中で、琉球銀行の舵取りを
どのように進めるのか!?、二週に渡ってザックバランに話してもらいました。
今週は琉銀の経営方針や沖縄経済について、話しています・・・

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琉球銀行頭取の川上康さん

川上さんは1961年生まれ、那覇市の出身。
東北大学経済学部を卒業後、1985年に琉球銀行入行、
コザ支店長や営業統括部長、常務取締役を経て2017年に頭取に就任します。
銀行を取り巻く経済環境が大きく変化していく中で、琉球銀行の舵取りを
どのように進めるのか!?、二週に渡ってザックバランに話してもらいました。
今週は「キッシュレスアイランド」の話から始めています・・・

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JTA代表取締役社長の丸川潔さん

那覇空港の何処かにあると噂のコーラルラウンジに最も相応しいゲストはJTAの社長だと思います。JTAは南西航空時代から那覇空港に大切なお客様をお迎えしてくつろいでもらうための空間を「コーラルラウンジ」として大切にしてきました。そして現在は沖縄羅針盤がその精神を引き継いで「コーラルラウンジ」を毎週日曜日の夕方四時半からオープンさせています。だから、JTAの社長はこの空間に最も相応しい方なんです。
丸川さんは5年の任期を終えて6月からはJALのグループ企業への転任が決まっておられます。
丸川さんに在任中の想い出、JTAへの思い、沖縄への思いを聞きました。特に若手社員のやる気を引き出す! 社員の意識改革に一生懸命に取り組んだとおっしゃっています.
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琉球

嘉数道彦さんは那覇市生まれ。4歳から琉球舞踊を初代宮城能造、宮城能里に市議。沖縄県立芸術大学大学院音楽学芸術研究科修士課程卒業。在学中から新作組踊を発表するほか、国立芸術劇場おきなわの開場記念公演などに出演。沖縄県立芸大非常勤講師を経て2013年から公益財団法人国立劇場おきなわ運営財団芸術監督兼企画制作課長に就任。
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琉球舞踊家 嘉数道彦さん

嘉数道彦さんは那覇市生まれ。4歳から琉球舞踊を初代宮城能造、宮城能里に市議。沖縄県立芸術大学大学院音楽学芸術研究科修士課程卒業。在学中から新作組踊を発表するほか、国立芸術劇場おきなわの開場記念公演などに出演。沖縄県立芸大非常勤講師を経て2013年から公益財団法人国立劇場おきなわ運営財団芸術監督兼企画制作課長に就任。
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島袋正克さん(ボリビア在住)

島袋さんは南米ボリビア・サンタクルス市在住。
年に一度ビジネスで来日するタイミングでコーラルラウンジに寄ってもらいました。
島田とはFacebook繋がり。今回が初めてのミート。
島袋さんは1953年那覇市の出身、1963年に一家で移民としてボリビアへに移住します。一家は1970年代に沖縄に戻るが島袋さんは一人南米に居残り一人旅に出ます。1980年代は沖縄に戻り家族を持ちうちなー暮らしをする。がしかし、1994年には
再度南米へ渡る。ボリビアでの生活を再開し、起業。現在は貿易会社を
2社経営しています。島袋さん「旅は人生そのもの」一生旅を続けるようです。
そんな島袋さんとの対談は島袋さんの人生そのものの話!、
2週に渡ってお送りしていますが、二週目は、島袋さんから今の沖縄がどうみえているのか!?談義します。

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島袋正克さん

島袋さんは南米ボリビア・サンタクルス市在住。
年に一度ビジネスで来日するタイミングでコーラルラウンジに寄ってもらいました。
島田さんとはFacebook繋がり。今回が初めてのミートです。
島袋さんは1953年那覇市の出身、1963年に一家で移民としてボリビアへに移住します。
一家は1970年代に沖縄に戻るが島袋さんは一人南米に居残り一人旅に出ます。
1980年代は沖縄に戻り家族を持ちうちなー暮らしをしますが、1994年には再度南米へ一人で渡ります。ボリビアでの生活を再開、そして起業します。現在は貿易会社を2社経営。島袋さんは「旅は人生そのもの」一生旅を続けるようなものだ、と。
そんな島袋さんとの二週にわたっての対談。第一週目は島袋さんの人生そのものの話です。
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沖縄大学元副学長で名誉教授ディープ・チャンドララールさん

チャンドララールさんは1952年スリランカの出身。
留学生として来日神戸大学大学院を修了し文学博士の学位を取得。
2000年から沖縄大学に勤務します。国際コミュニケーション学科教授を務められ2013年から2017年まで副学長に就任、一昨年の退任後は名誉教授となります。
「社会言語学」の視点から多言語・多民族社会・マイノリティーといった社会課題の研究に取り組みます。学生達には「言語コミュニケーション」の奥深さ重要性を説いています。
また「沖縄スリランカ友好協会」を立ち上げ沖縄とスリランカの交流の促進にも努めています。
チャンドララール先生のモットーは「自分の得たものを多くの人と分かち合う」です
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