カテゴリー別アーカイブ: 方言ニュース

平和祈念資料館などで来館者減少

2017年6月28日(水)放送分
担当は上地和夫さんです。

琉球新報の記事から紹介します。

糸満市の県平和祈念資料館と
ひめゆり平和祈念資料館で
来館者が減少傾向にあります。

県平和祈念資料館では2000年のリニューアル時には
48万1018人だった来館者が、
昨年度は37万2502人まで減少し、
ひめゆり平和祈念資料館では
1999年度の来館者100万6600人をピークに、
昨年度には57万9865人まで減りました。

県平和祈念資料館では県民の来場減が顕著で、
県内からの有料来館者は2000年の11万1401人から、
昨年度には7963人まで落ち込みました。

平和学習などで各学校が見学する場合は無料のため、
大人の来館者が減っているとみられます。

ひめゆり平和祈念資料館でも、
県内からの訪問校数減少が目立ち、
県外の訪問校数は増えた一方、
県内の訪問校数は1991年度の124校から、
昨年は72校にまで減少しました。

戦争体験者が減少し、
戦争体験者でない世代が増えていることが影響しているとの指摘がある中、
関係者は県民の来館者減の背景を
「県内のレジャー施設の多様化などの影響が大きい」と推測し、
「教育や芸能などのテーマと戦争との関係を扱う企画展を企画し、 
県民にアピールしていきたい」
と話しています。
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高校生がしまくとぅば学ぶ 中部農林高校で特別授業

2017年6月27日(火)

担当は宮城葉子さんです。

琉球新報の記事から紹介します。

中部農林高校福祉科はこのほど、
特別授業「わらべ歌からしまくとぅばを学ぶ」を行い、
2年生39人がわらべ歌の手遊びなどを学びました。

講師は、宮城葉子さんが務め、
方言札などによってしまくとぅばが
次第に使われなくなっていった経緯から説明しました。
また、沖縄戦を経験した高齢者らは
「文化や言葉を残して欲しいという強い思いを持っている」
と説明し、こうしたことを理解した上で
触れ合うことを提案しました。

さらに、歌詞に含まれるしまくとぅばの名詞や
あいさつの言葉も理解しながら、
「普段から少しずつ使ってもらいたい」と呼びかけ、
こうした心掛けが高齢者との現場でのやりとりに役立つと
アドバイスしました。

これに対して生徒たちは、
指遊びの「てぃーたーみー」や
「いったーすぅや」などを歌いながら手や体を動かして学び、
高齢者とのコミュニケーションに生かそうと、
真剣に聞き入っていました。

授業終了後、科を代表して大島海鈴さんは
「習った言葉でたくさんおおじい、おばあと楽しみたい。
 これからもたくさんのしまくとぅばを覚えていきたい」
などとお礼を述べました。

生徒たちは来月と9月に高齢者施設での実習を予定しています。

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戦後70年の平和の詩 具志川に記念碑

方言ニュース  
2017年6月26日(月)放送分

担当は糸数昌和さんです。

琉球新報の記事から紹介します。

戦後70年のおととしに
「児童・生徒の平和メッセージ展」で
最優秀賞を受賞し、
沖縄全戦没者追悼式で朗読された詩
「みるく世がやゆら」の記念碑が、
うるま市具志川の具志川アシビナーに
建立され、記念碑の建立記念式典と
慰霊祭がきのう、開かれました。

「平和の詩」が記念碑として
建立されるのは県内で初めてです。

詩は、認知症を患った祖父の姉が戦争で
失った夫を思い起こす姿を描いており、
沖縄戦の記憶の継承を訴えています。

詩の作者の具志川区の出身で、
現在は東京に住む大学生の
知念捷(まさる)さんは、
記念式典で「後世に戦争の記憶を伝え、
平和を築く、みるく世への懸け橋と
なることを祈ります」
と願いを込めました。

また、今回、慰霊塔の改修も行われ、
戦争で亡くしたきょうだい3人が
慰霊塔に追加刻銘され、
東京から参列した(76)歳の男性は
「ずっと平和であるように願った。
きょうだいも具志川に戻って
安堵するだろう」と述べ、
冥福を祈っていました。

さらに、慰霊祭では
遺族代表として(81)歳の男性が
「ありったけの地獄を集めたと言われる
戦争で、多くの県民の命が奪われた」
と述べ、戦没者に手を合わせていました。
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給食で「慰霊の日献立」

2017年6月23日(金)
担当は、糸数昌和先生です。

琉球新報の記事から紹介します。

琉球大学付属中学校はきのう、
沖縄戦を振り返るきっかけにしようと、給食に「慰霊の日献立」を取り入れました。

給食は、ふかし芋や雑炊、豆腐のそぼろ煮、パイン缶などの質素な献立で、
生徒らは戦時中や戦後の貧しかった時代の食事の雰囲気を味わっていました。

この「慰霊の日献立」の取り組みは5年目で、献立を考えた照屋誠子栄養教諭は
「食事から、生きるのに精いっぱいで貧しい時代があったことを少しでも振り返ることができればと思った」
と話しました。

一方、「慰霊の日献立」を体験した1年生の生徒は
「今日一日だったらおいしく食べられるけれど、毎日このメニューが続くと考えるとつらい」
と感想を述べ、別の生徒は
「戦争の時はずっとこの食事だったと考えるとかわいそう。給食で再現するのはとても勉強になる」
と語っていました。

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「渡嘉敷島体験」で沖縄の自然文化に触れる

「「渡嘉敷島体験」で沖縄の自然文化に触れる」
方言ニュース6月22日(木)放送分。
今日の担当は上地和夫さんです。
琉球新報の記事から紹介します。

愛知県東海市の市立中学校全6校の2年生の全生徒と教員ら
およそ1200人が3泊4日の日程で沖縄を訪れ、
自然や文化に触れたり、平和について学んだりする
沖縄体験学習の「渡嘉敷島体験」が行われています。

連続10回の訪問で、国立沖縄青少年交流の家を主会場に、
今月4日から今月27日までの日程で、順次、沖縄入りし、
渡嘉志久ビーチで、カヌー、海水浴、シュノーケリングなどのマリン体験や、
レクリエーション交流、集団生活などを通して、
協力し合い学び合う態度を身に付けます。

また、地元の平和ガイドを講師に招き、
渡嘉敷島の「集団自決」について学び、
沖縄戦の悲惨さ、命や平和の尊さについて認識を深めます。

さらに、4年前からは環境教育の一環として、
ミドリイシサンゴなどのサンゴの苗を植え付ける体験も行っており、
最終日は交流のある沖縄市を訪問し、
中学生らとの交流会や南部戦跡などを見学します。

参加した生徒は「戦争のむごさ、自決した人の思いがとてもつらかった」と話し、
引率した(36)歳の教諭は
「島の海を満喫できた。平和を学ぶには沖縄戦を学ぶことが重要だと再認識できた」
と語りました。

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慰霊の日を前に、平和祈念堂で『浄め』

2017年6月21日(水)放送分
担当は上地和夫さんです。

琉球新報の記事から紹介します。

6月23日の慰霊の日を前に糸満市摩文仁の沖縄平和祈念堂で
このほど、平和祈念像のほこりを取り払う「浄め」が行われ、
沖縄バスのガイドや県工芸振興センターの研修生、
それに祈念堂の職員ら30人が参加し、
平和への思いを込めて高さおよそ12メートル、
横幅およそ8メートルの祈念像を丁寧に拭き清めました。

浄めは、慰霊の日の前と年末の2回行っています。

3回目の参加となったバスガイドの瀬嵩美紀さんは以前、
修学旅行生と一緒に大田昌秀元知事の講話を
同祈念堂で聞いたことがあり、
「先日、大田が亡くなったこともあり、
今年はより一層平和について考え、
しっかり伝えていかなければならないと
思いながら像を磨いた」と語りました。

沖縄平和祈念堂ではあす午後7時から
沖縄全戦没者追悼式前夜祭が開かれ、
琉球古典音楽や琉球舞踊が奉納されます。
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沖縄戦の悲惨さ知って 絵本「なまえ」制作

2017年6月20日(火)

担当は宮城葉子さんです。

琉球新報の記事から紹介します。

元幼稚園教諭で、
幼児教育の非常勤講師などを務める
北谷町の今秀子さんが、このほど、
絵本「なまえ」を制作しました。

沖縄戦などで命を落とした犠牲者の名を刻んだ
「平和の礎」に、
名前が分からず
「◯◯の妻」「◯◯の長男」などと記された戦没者を題材に、
戦争の悲惨さや平和への願いを込めて書き上げたものです。

「なまえ」は、
主人公のミチ子とその家族、戦時中に生まれた赤ん坊の物語で、
家族に赤ん坊が生まれ、新たな命の誕生を家族で喜びました。
しかし、地上戦は激しさを増し、食べ物はなくなっていき、
「赤ん坊が泣くと、米兵に見つかる」
との理由からガマを追い出され、
赤ん坊は間もなく命を落としてしまいます。

戦後、父親と2人だけ生き残ったミチ子は、
家族の名が刻まれた「礎」を訪れますが、
赤ん坊の名は「◯◯の次男」と表記されていました。

今さんは
「一人一人に付けられた名は、
誕生した喜びや未来を託し両親が付ける。
その子が存在していた証しで、
誕生したドラマや歴史があったはずなのに、
戦争で名を失った子どもたちがいる。
幅広い年代に戦争や今の社会情勢を
考える一つのきっかけにしてほしい」
と語っています。

絵本は県内書店で販売されています。
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慰霊の日 宮古高校3年の上原愛音さん 平和の詩朗読

方言ニュース  
2017年6月19日(月)放送分

担当は糸数昌和さんです。

琉球新報の記事から紹介します。
6月23日の「慰霊の日」に、糸満市で
行われる沖縄全戦没者追悼式で、
県立宮古高校3年の上原愛音(ねね)さんが、
自作の平和の詩「誓い~私達のおばあに
寄せて」を朗読します。

詩は平和学習から学んだ沖縄戦の
惨状を描いたもので、上原さんは「平和を
願う思いは確かに県民に継承されている」
と強調し、犠牲者や戦争体験者に
「大丈夫だよ」と語りかけ、
不戦の誓いを語りました。

上原さんは詩を作るのは初めてで、
授業の課題としてわずか1日で書き上げ
詩には、「赤子の声を抑えつけたあの日」
などとむごたらしい戦争の様子を
描きました。

一方、「フェンスを飛びこえて
絞め殺されゆく大海を泳いで」との
文言を盛り込んでおり、
「沖縄の自然が好きだ。軍用地や何かの
開発でこれ以上自然が壊されるのは
本望ではない。戦没者も同じ気持ちだと
思う」と言葉少なに語りました。

さらに、上原さんは「まずは戦没者の
気持ちを安心させたかった。
その上で私たちは平和に向けて
行動できるよと伝えたかった」と語り、
「県民は物心がついたころからの
平和学習で争いに正義がないことを
学んできた。
世界がより平和になるために行動する
力があることを確信している」
と話しました。

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憧れの模合「十四日会」

2017年6月16日(金)
担当は、糸数昌和先生です。

琉球新報の記事から紹介します。

南城市に地域の人が入会を憧れる参加者数限定の模合があります。
1963年に結成された「十四日会」で、
南城市佐敷新里にゆかりのある人たちで構成され、
地域の顔役の男性らが集い、自治会活動にも積極的に参加し、地域の土台を支えています。
規約によると、会の定員は12人で、
新しい人が入れるのは、誰かが抜けたときだけです。
現在も入会待ちの人がいるということで、新加入が認められた人は
「憧れの十四日会に入れた。絶対に抜けない」と張り切っています。

会は、佐敷新里に住む1940年生まれの人たちが「定期的に集まって飲もう」と立ち上げたもので、
毎月14日に集まり、酒を酌み交わします。
山羊汁を食べて栄養を付ける「山羊会」の開催や、
野球チームを結成するなどして会を盛り上げてきました。
模合金がドルから円に変わるなどの世替わりも経験し、
結成当時の会員にはすでに亡くなった人もいます。 
結成当時からの会員は78歳と76歳の男性2人だけで、
「こんなに続くとは思わなかった」と驚き、「できる範囲で頑張って、子どもたちに会を譲りたい」と語っています。

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名護市の拝所(うがんじゅ)でさい銭の盗難が多発

「名護市の拝所(うがんじゅ)でさい銭の盗難が多発」
方言ニュース6月15日(木)放送分。
今日の担当は上地和夫さんです。
琉球新報の記事から紹介します。

名護城公園にあるヒヌカン(火の神)をまつった拝所で、
さい銭が盗まれる事件が多発しています。

ここ数年で、今月5日までに20回以上被害に遭ったということで、
さい銭を確認する前に盗まれているため
被害総額は確定できませんが、数十万円になります。

城区は名護署に被害届を出しており、名護署が捜査を進めています。
拝所は城区民がヒヌカンとして長年、大切にまつってきたもので、
区民だけではなく、年末から春先にかけては初詣客や行楽客も多数訪れます。

さい銭は例年年間で数十万円になり、拝所の維持管理に使われてきました。
さい銭箱は二重鍵になっており、十数年前から
鍵が壊されていることはありましたが、さい銭は数年前から盗まれるようになりました。

鍵が壊されるたびに大型の鍵に交換してきましたが、
犯行は止まらず、さい銭を取り出す側の扉を溶接しました。
それでも溶接部を工具で削り、金を盗んでいくということです。

防犯カメラの設置も考えましたが、電気が通っていないこともあり、
区の予算では難しい状況です。

宮里区長は
「鍵交換も溶接も、その都度費用がかかる。本当に困っている。
さい銭には、お参りした人の願いや祈りが込められている。どうかやめてほしい」
と訴えました。

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