月別アーカイブ: 2018年6月

与那国町の花咲か爺さん

与那国町の崎原永吉さん91歳の自宅の庭で、
ゆり、バラ、ブーゲンビリアなど、季節に応じて色とりどりの花を咲かせています。
一緒に住む孫は
「おじいちゃんは、おばあちゃんのことが大好きで、とても大事にしている。
 器用で花咲か爺さんみたいだなって思う」と笑顔で話します。
おばあちゃんとはキヨさん92歳のことです。
孫が職場からランを持ち帰ったことが花を育てるきっかけで、
花が散ったランの鉢を、永吉さんが
「ランが好きだし育てるのが上手だから」と持ち帰り、咲かせました。
キヨさんは家ではベッドで過すことが多く、
移動には車いすが欠かせないということで、
永吉さんは
「見せて喜ばせようと思ったが、 ここまで満開になるとは思っていなかった。
花が好きなばあちゃんに喜んでもらうために、頑張る」と話し、
キヨさんも「毎日咲いているのを見ると、大気持ちでデイサービスに行ける。
じいちゃんありがとう」と話します。
そんな永吉さんとキヨさんの仲むつまじい様子を見ながら同居する孫には、
2人はあこがれの夫婦像として映っているようです。
再生

「 外国産の冷蔵庫が増加 」

「 外国産の冷蔵庫が増加 」
方言ニュース6月28日(木)放送分。
今日の担当は上地和夫さんです。
琉球新報の記事から紹介します。

沖縄地区税関は「冷蔵庫の日」の今月21日に合わせて、
冷蔵冷凍庫の輸入状況などをまとめました。
去年は数量で前の年に比べて76・6%増の1万3624台となり、
初めて1万台を突破しました。
金額では2・3倍となる4億7500万円に上り、
共に1988年以降で過去最高となりました。

県内の好況が続いていることに加え、国内メーカーが生産拠点を海外に
移していることが背景にあります。
かつて日本製品が三種の神器として豊かさの象徴だったのも今は昔となり、
安さを求めて調達先に変化がでているようです。

沖縄への輸入は1999年以降増加基調が続いており、
それ以前は県外を通じて輸入されていましたが、
需要の伸びに合わせて直接輸入されるようになったということです。

国別に見ると、中国とタイからの輸入がほとんどを占めています。
冷蔵庫の中でも外国産への転換が進むミドルクラスや、1人暮らし向けの
比較的安価なもののニーズが高まっていることが増加を後押ししています。

輸入は今後も堅調に推移すると見られ、
現在は県外を通じて輸入されることが多い宿泊施設向けの冷蔵庫が
直接沖縄に入るようになれば、さらに伸びる可能性もあるということです。

再生

南陽群島慰霊、来年で終了

2018年6月27日(水)放送分
担当は上地和夫さんです。

琉球新報の記事から紹介します。

南洋群島の帰還者でつくる「南洋群島帰還者会」が
サイパン、テニアンで1968年から実施している
「南洋群島・慰霊と交流の旅」が来年で
終えることがこのほど、明らかとなりました。

会員の高齢化などによって現地を訪れることが
困難になったことが要因で、
来年5月を予定している50回目の訪問を節目に、
墓参団の歴史に幕が下ります。

すでに県などには通達しています。

1948年に結成した南洋群島帰還者会は、
1968年に戦後初めて墓参団として
サイパン島とテニアン島を訪問し、
現地に慰霊のための「おきなわの塔」を建立し、
以来亡くなった県人を慰霊してきました。

帰還者会は、墓参団が終了しても慰霊祭は続けていく考えで、
会の安里事務局長は「多くの人に参加してほしい」と、
最後の墓参団への参加を呼びかけています。

安里さんはテニアンの収容所で生まれ、
現地での生活の記憶はありませんが、
当時7歳の兄、4歳の姉は戦争で亡くなりました。

墓参団で何度かテニアンを訪れ、
当時の屋敷の跡を父親と探したこともあったということで、
「兄や姉の遺骨が持ち帰れずに、
両親は小さな石ころだけを持ち帰ってきた。
昨年と今年は行けなかったので最後の訪問にしたい」と語っています。
再生

宜野湾市長 佐喜眞 淳さん

宜野湾市長 佐喜眞 淳(さきま あつし)
佐喜眞さんは、1964年生まれ、宜野湾市の出身。普天間高校から千葉商科大学へ進学、大学卒業後はフランスに留学し8年間滞在しました。
帰国後は民間会社勤務を経て2001年の宜野湾市議会議員選挙に初当選、市議を二期務めます。その後、2006年に県議会議員に初当選、県議も二期務めました。
そして、2012年に宜野湾市長選挙に初当選、現在は二期目を務めています。 宜野湾市は米軍普天間基地を抱えます。佐喜眞市長の行動目標は
「普天間飛行場の早期返還を実現し、基地問題を次の世代に引き継がない!」今年5月は訪米し米国政府へ直接訴えてきました。
今回の対談ではそのあたりから話を伺っています。

再生

戦争生き抜いた いっこく堂さん両親

2018年6月26日(火)

担当は宮城葉子さんです。

琉球新報の南風の中から腹話術師の
いっこく堂さんの記事を紹介します。
昭和10年生まれ父はサイパンで生まれポンペイで過ごし、
昭和11年生まれの母は沖縄で生まれパラオで過ごしました。

そんな平和な島々もやがて戦禍に巻き込まれることとなり、
父親一家は攻撃を逃れるために沖縄行きの船に乗ったものの、
アメリカ軍の空襲に遭い、
9歳だった父親は泳いで近くの島に辿り着きました。

その後、何とか母親、
私の祖母との再会を果たし、
戦火が激しさを増す沖縄へ来ました。
一方、母は両親と弟の3人で、
パラオで家畜を飼い農業を営んでいましたが、
パラオも戦場と化し、父親も戦争に行き、戦死しました。

防空壕で小さな弟が泣き出した際、
兵隊に「うるさいから出ていけ!」と追い出されたこともあり、
山中を逃げ回る生活を余儀なくされたため、
弟2人は栄養失調で亡くなりました。

そして、戦後沖縄に戻ると、
祖母に預けられていた姉2人兄1人がおり、
母は自分が長女ではないという事実を知ります。

やんばるの自宅は、南部から避難してきた人たちに占拠され、
南部の安全が確保され戻っていくまで、
牛小屋で暮らしましたが、逆境の中を生き抜き、
厳しい人生をくぐりぬけてきた両親を、私は誇りに思っています。

再生

2018年6月25日 第403回目の放送分です

6月25日 第403回
うちな~噺家、藤木勇人こと志ぃさーが、秋田出身で沖縄文化に詳しいフリーのしゃべり手、佐々木仁子をアシスタントとして迎え、沖縄ヤマトグチと秋田ヤマトグチで番組内の各コーナーを軽妙につないでまいります。 そして定期レギュラーとして神奈川・東京WEBマガジン、ハブコネクションの釣本忠勝編集長にも登場していただき、大和での沖縄芸能情報をピンポイントで届けます 。
オキナワンドリーム
ゲストは、疎開船対馬丸生還者の仲田清一郎さんの人生について伺います。

再生

骨形成不全症の高良翔大さん 自分らしく生きることの大切さ伝える

方言ニュース  
2018年6月25日(月)放送分

担当は糸数昌和さんです。

琉球新報の記事から紹介します。

沖縄市立山内小学校でこのほど、
県立埋蔵文化財センター職員の高良翔大さんが
「周りの人を大切に」
と題して、児童向けに講演し、
自分らしく生きること、助け合って
生きることの大切さを訴えました。

高良さんは、生まれつき四肢の骨が成長しない
骨形成不全症で、
現在の身長はおよそ1メートル20センチです。

講演では、母親に
「何で俺だけこんな体なんだ」との言葉を
ぶつけたエピソードを紹介し、
母親からの「あなたは世界で
たった一人の人間。
自分らしく、人間らしく生きていきなさい」
との言葉に涙が出たという高良さんは、
体の小ささも自分らしさだと
捉えたということで、
自分らしく生きることの大切さを強調しました。

一方、大学時代に留学したカナダで、
福祉行政の在り方に感動した
経験についても語り、
高良さんは「周りの人たちと助け合って生きることの大切さ、
今日という日を大事に自ら楽しい日をつくることを
心掛けて学校生活送ってください」と、
講演を締めくくりました。

講演後、児童を代表して6年の女子児童が
「どんなにつらくても、自分だからできることがある、
挑戦することが大事だと感じた」
とお礼を述べました。

再生