攀安知の子孫が集まり交流を深める

2016年11月23日(水)放送分
担当は上地和夫さんです。

北山王・攀安知の三男の外間子、
四男の喜屋武久子が村の祖とされる南城市字津波古で、
攀安知が中山王の尚巴志に討たれ、
外間子と喜屋武久子が津波古辺へ移り住んでから
今年で600年になるのを記念した移住600年祭が
このほど、津波古公民館で開かれました。

移住600年祭には、
外間子の子孫である桃原門中、安次當門中、
それに、喜屋武久子の門中である福増門中の
3門中からおよそ120人が集まり、
自らのルーツに思いをはせ、交流を深めました。

当日は、各門中がそれぞれ7年おきに今帰仁城跡を訪れて行う
「今帰仁まーい」の様子が写真で紹介され、
系図でルーツを確認し、門中の有志らが民謡や棒術を披露し花を添えました。

記念祭の伊禮実行委員長によりますと、
尚巴志に滅ぼされた攀安知は歴史上よく描かれないことが多く、
門中の中には「北山系」という出自をタブー視する人もいたということですが、 
「外間子や喜屋武久子は中国で得た知識を琉球に広めた功績のある人物。
その子孫も各方面で活躍している。
若い世代には誇りと自信を持って欲しい」と語り、
「同じく生き延びた攀安知の次男、五男の子孫たちとも交流を持ちたい」
と今後の展望を語りました。
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